統合保育・特別支援教育             

出水幼稚園

 ・出水幼稚園には、通常クラスの他に特別支援教育の専門のクラス(もも組)
  
  あります。進級時にはもも組から通常のクラスにいくこともできます。

 ・支援が必要なお子様の受け入れは、年少児(3歳児)からです。
  2歳児での受け入れ枠はありません

 ・全教職員で支援が必要なお子様を見守っていきます。

 ・もも組の幼児と通常のクラスの幼児の交流にも力をいれています。

 ・多様な子どもたち同士のかかわりがあり、幼児に優しい心が芽生え育っています。

白山幼稚園・画図幼稚園

 ・白山幼稚園、画図幼稚園には特別支援教育の専門のクラスはありませんが、

  ご相談の上、通常のクラスで支援していきます。

 ・姉妹園の出水幼稚園と情報の交流や連携を取りながら行っています。

個別指導(一対一での指導

 ・出水幼稚園、白山幼稚園、画図幼稚園では、特別なニーズがある幼児にとって
  
  幼稚園生活が楽しく充実したものになるようご希望に応じて無料で個別指導
  
  行っています。
 
 ・全国に先駆けて中九州学園で始めた温かみのある取り組みです。

出水幼稚園の統合保育・特別支援教育の歴史と紹介

 ・昭和49年9月(補助金制度ができる前)、まだ全国的にもほとんど例がない時期

  から、創設者と教職員の子どもたちに対する熱い想いから始まりました。

 ・創設者の強い信念とやさしさがあり、そしてそれを支え、実践する教職員がいます。

 ・全国的にもめずらしい全園型統合保育・特別支援教育を行っています。

 ・文部科学省の視学官から「私立幼稚園の心」と賞賛されました。

 ・物に頼りすぎず、教職員との生の触れ合い・かかわりを大切にした「心の教育」

  を重視しています。

 ・五感などの身体の内外の感覚器がバランスよく発達して、多様な感覚器からの

  情報が整理・統合され、心身が外界と調和して呼応できるよう、子どもが

  潜在的にもっている力を引き出すための環境構成・保育を心がけています。

 ・統合保育40年以上の歴史と伝統があり、すでに多くの幼児が巣立ち、卒園児の

  保護者からも専門家からも高い評価と信頼を得ています。



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出水幼稚園統合保育10周年記念誌(昭和59年11月1日)より
 用語で今日では使われなくなったりしているものもございますが、ここでは原文のままご紹介
 いたします。特別支援教育も当時は障害児教育といわれておりました。

発刊のことば

 今年は、障害児教育を開始してから満10周年の記念すべき年であります。
昭和49年9月に泉先生と2人でダウン症児を主にした11名の障害児の教育を
始めましたが、その後、情緒障害児、言語障害児、病虚弱児、聴覚障害児、
肢体不自由児等、文字通りすべての心身障害児を受け入れ、今日に至った
のであります。
 「障害児と共に育つ」を合言葉に、全教師が心をひとつにして歩いた10年間は、
教師自身にとっては人生修業の日々であり、苦悩と感動の日々でもありました。
昭和56年1月23日の放課後、廊下で顔を合わせるやいなや、「園長先生、
きょうTちゃんがハイと返事ができました。」と、あたかも天下でも取ったように
報告するK教諭の目に涙が光っていたのを、わたくしは今でも忘れることが
できません。入園以来10ヵ月間、「ハイ」の指導を毎日繰り返し、はじめて「ハイ」
という返事が出たのであります。青春の情熱のすべてを障害児教育に捧げ、
幼な児の可能性を信じ、ごくさ細な変容にも大きな喜びと感動の涙を流す教師の
生きざまこそ、10年間に亘り本園の障害児教育を支えた唯一の柱であると思います。
 障害児教育満10周年に当たり、本園における障害児教育の足跡、実践研究の
記録、教師や母親の苦悩や感動などを収録し刊行して記念事業のひとつとし、
障害児教育に携わった先生方や関係各位のご苦労に感謝するとともに、
障害児教育の充実に向かって、大きな夢を描きたくましい力をもって前進したい
と思います。
 最後に、ご多忙の中に追跡調査にご協力いただいた関係学校や保護者の
かたがた並びに、玉稿をお寄せいただいたかたがたに心からお礼を申し上げ、
発刊のことばといたします。

  昭和59年11月1日                             
                                出水幼稚園長 後藤 包


障害児教育10周年記念に寄せて(昭和59年11月1日)より。
 保護者の方からの玉稿

 「たとえ、どんな障害があっても、一人の人間に違いはない。当然人権は保
障されなくてはならないし、幸せな生活、生き甲斐のある毎日を送って欲しい・・・」。
 そういう願いから、私達ダウン氏症の子どもを持つ親は、医学博士森山弘之
先生御指導の下に、昭和48年7月から早期療育を始めました。半年たち一年
たつうちに、子どもたちも通園適齢期に達し、母親達は「どこか、この子等が
かよえる幼稚園はないかしら。」「何とかして幼稚園の教育を受けさせたい。」
と気をもむようになりました。たとえ障害があっても、健常児と一緒に教育を
受ける権利がある筈だと話し合っていたのでした。
 そこへ、「障害児を受け入れましょう、という幼稚園が熊本市内にある。」との
お話を県児相の山下先生からうかがいました。でも正直のところ、半信半疑
でありました。障害児の受入については、現在でも公立の幼稚園など、堅くその
門は閉ざされたままですし、その当時一般社会の風潮は、ちえおくれがあり、
手のかかるこの子どもたちを見て下さるところなど、到底あり得ないという
悲観的な気持を私たちに与えておりました。そのような時だけに、私たちは
光明を得た思いで、その幼稚園の園長先生宅を訪れたのでございます。
 忘れもしません、昭和49年9月3日午後8時、私は同じ会員の山田さんと二人で、
後藤園長先生宅にうかがいました。後藤先生は、市内の中学校の校長先生
でしたが、特殊学級のキャンプに参加してみて、障害児童に対する単なる同情
というよりも、「この子どもたちの教育こそ真の教育ではないだろうか。」「教育の
原点はここにある。」とお考えになり、早速希望退職して幼稚園に障害児を受け
入れようと御決断になったとうかがいました。又、先生は脳性まひの理解のため、
九州大学に研究生として勉強に行かれたそうです。色々とお話をうかがっている
うちに、障害児を受け入れようという先生のお考えは即ち、先生の人間愛による
ものだと心に強く感じたことでした。私も山田さんも目の前が急にパッと明るくなっ
たようで、子どもたちのしあわせをかみしめていました。私たちの早期療育を
受けた子どもたちが、そのまますんなりと幼稚園にはいれたということは、
本当にラッキィなことだったと思っています。
 それから一週間後、9名の障害児たちが面接を受けに出水幼稚園を訪れました。
元気いっぱい走りまわる健常児集団との、はじめての出会いに、どう反応するの
だろうかと一抹の不安はありましたが、子どもは子ども同士のテレパシィでも
あるのでしょうか、教室にはいって行って、健常児のお絵かきや、作業に興味を
示したのでした。
 入園を許可された子どもたちは、それから2年6ヵ月の間、楽しくせっせと通い
ました。園には、この道ベテランの相良先生をはじめ、もも組専任の泉先生を
招かれ、健常児担当のすべての先生方の深いご理解、ご協力のもとで、
子どもたちはすくすくと育っていったのでございます。又、健常児とも、ごく自然の
形で交わることができ、運動会、遠足、園内泊等など、数々の行事に参加し、
最後の一年間は健常児の組に入れていただき、正に「生命輝く日々」でありました。
教師や親の指導も大切ですが、子どもは子ども同士で学びながら成長するものだ
とつくづく感じたしだいです。
 統合保育の先鞭をつけられた、後藤先生に心から尊敬と感謝の念を捧げる
次第です。お世話になった子どもたちも、中学生になりました。お兄さん、お姉さん
の自覚もみえてきました。玉葱や馬鈴薯の皮むき、肉をきざんでカレーライスを
作ったり、食後に家族全員の食器や鍋を洗い、ふきんでふいて片付けます。
又、お米を計ってといだり、浴槽を洗ったりお手伝いができるようになりました。
その間母親は新聞を読んだりしています。
 このたび出水幼稚園の統合保育10周年を記念して、立派な本が出来上がり
ましたが、これもひとえに、園長先生をはじめ、諸先生方と子どもたちの愛の結晶
であると思います。親の一人として感激にたえません。人間が互いに睦みあい、
たすけあっていく社会建設の第一歩であると信じます。
 出水幼稚園が益々御発展になりますようお祈りしております。

目ざす幼児像

かしこい子
やさしい子
たくましい子
目ざす幼稚園像

いっぱい遊べる幼稚園
たのしいたのしい幼稚園
なかよしこよしの幼稚園



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